久しぶりにデンライナーに遊びに来た。来たかったわけじゃいんだけど気がついたらドアの前にいてプシューっていう独特の気が抜けるような音とともに勝手にドアが開いたんだ。そうするのが当たりみたいに足はデンライナーの中に入っていく。 夜中って言う非常識な時間帯に来たにもかかわらず皆で集まる食堂車には明かりがついていて、もしリュウタが起きてたらしかってやろうとか思いながら二度目の扉が開いたとき、目に入ったのはモモタロスだけ。毛布をかけられて机に突っ伏していた。ドアが開いた音に身動ぎせずそのままでいる。……どうやら寝てるらしい。吃驚しつつなんだか妙に納得しつつとりあえずコーヒーを入れた。ナオミちゃんを起こすわけにもいかないから自分で。モモの前に座って熱々のコーヒーをすする。モモを見るのも久しぶりだ。なんていったってこの2、3週間の間私は徹底的にモモをさけ、デンライナーにも遊びに来てなかったから。 これは私の悪い性癖のようなもので、でも治す気は無かった。っというか治すことをあきらめていた。……きっと、というか確実に私はモモに甘えすぎてる。彼女の癖に、ってみんな思ってるに違いない。私自身、そう思う。それでも、私はモモを手放したくなかった。だからこれは私のわがままなんだ。身勝手、あまりにも身勝手なワガママ。 すっとモモの頭に手を伸ばして、でも触れられず頭から3cmぐらい上のところを2、3度撫でた。感触はもちろん無い。3cmの間が埋まらない。まだ、触れられない。ぴくりとモモが動いたのがわかってすばやく手を離そうとしたけれどがしりとモモにつかまれて離すことができなかった。つかまれたところを中心に皮膚が粟立つ。表情は動かないけれど明らかに疲労し不機嫌な雰囲気でモモが私を見た。鳥肌が立っていることに気がついたのか顔に出てたのかモモはすぐに手を離してくれた。 「毎度毎度ごめんね」 「……仕方ねーんだろ?なら謝んなよ」 「……ごめんね」 私は知ってる。モモが私のことを誰よりも好きでいてくれること。こんな風になる私を嫌いにならずに心配して自分を責めたりしてること。こうやってここに居たのだって私が来るかもしれないことを期待してたからってこと。私はモモが好きで心配とかさせたいわけじゃないこと。なのにこんな風になる自分がいることに嫌気が差していないこと。 最低だ。こんな私を知っていて好きでいてくれるモモはとてもとても優しい鬼なんだとおもう。それともおバカなだけなのかもしれない。そうだとしてもモモは愛すべきバカだからいいとしよう。がたりと音がして考え事をしていた意識を今に戻すと抱きしめられていた。無論モモに。いつもよりも加減されてない強さとそれ以外の嫌悪感に顔をしかめて。 「っ、モモ、苦しいし、わかって、るよね?」 「わかってる」 「なら離して」 「嫌だ」 「……モモ」 「嫌だっ」 気持ち悪さにめまいがしてきて同時に頭がすきんずきんと音を立てる。抱きしめて一向に離してくれない腕をぱしぱし叩いて抗議を訴えかけてもそれは変わらず、声を発することも億劫だったけれど、訴えようとしたところでモモが口を開いた。いつものモモからは考えられない泣きそうな弱々しい声音で。 「なんでだよ、なんで、嫌いじゃないんだろ?なのになんで、……って毎回思うんだよな。ちくしょう、おもったってしかたねーのにな!」 笑おうとした、のかもしれない。結局、表情は変わんないし声だって涙声でその試みは失敗してる。ちくしょうってなんども呟くモモがどうしようもなく好きだなっておもって、改めて思った。好きな人に嫌われて平気な人なんていない。誰一人としていない。それはこの愛すべきバカも例外じゃない。 心臓のあたりがぎりりと痛んだ。モモをこんなふうにしてるのが私なんだと自覚してる分とてもとても痛い。私から開放してあげるべきなんだと良心が叫ぶけど、本音、欲丸出しの私はそれをいつもねじ伏せる。だって私は彼を愛してる!なんて私は醜いんだろう。私欲ばかりとって愛とかさけんでいるのに、その対象を嫌悪するなんて。 「……ごめんね」 「……なぁ、俺が悪いのか?俺がになんかしたのか?」 「して、ないよ。モモはいつも、私を好き、でいてくれて、私は、それが嬉しい。この上ない、くらい幸せ、だよ」 「じゃあ、なんでだよ」 「わかんない。わかんないの、何度も、いっつも、どうにか、しなきゃって、わかってる。でも、ねわかん、ないの、どうしても、わかんないの……ねぇ、そろそろ、お願いだから離して……吐き、そ」 とたんにさっきまでの頑なさが嘘のように私はモモから解放されてへたりとその場に座り込んだ。血の気がさぁっとひいていって軽い貧血を起こしたことがわかる。だんだんとおさまる気持ち悪さのめまいも頭痛にほう、と息をついた。モモはその場に立っていたから見上げたら、逆光でわかりにくかったけれど泣いている気がした。 「良太郎に、言われたんだけどよ、俺たち別れるべきだとさ。その方が互いのためになる、もう一度、前みたいに友達に戻ったら、のこの発作もなくなるんじゃねーかって。もう、それしか対処法が思いつかないって。はは、良太郎がよ、真面目な顔して言ったんだよ。他のやつらも、うなづいてた」 どきりとした。同時に当たり前だとも思った。その通りだ、それが正しい。もっと早くそうするべきだったのかもしれない。もっと早く、私から言い出すべきだったんだきっと。だけど、私はこれだけは言いたくなかったし、言われたくもなかった。だってあまりにも正しすぎて、うなずく以外できない 叫びだしたくなる衝動をぐっとこらえて、同意しようとするより先に、モモが口を開いた。 「けどよ、俺にはそれだけはできねぇんだ。たとえがそれを望んでも、それだけはできねぇ。好きなんだ、。どんなにお前が最低でどうしよーもねぇやつでもよぉ、俺はお前が好きなんだよ。手放したくねぇんだ」 どうして、どうして気持ちは一緒なのに、体はついてきてくれないんだろうか。何度も何度も浮かんでくる嫌悪感をねじ伏せようとしてきた。嘘じゃない。でも、どうしても出来なくて、そのたびに涙を流してきた。もう恋なんてしないって、何度も思って、それでも恋をする愛してしまう私はきっと最低だしどうしようもないし、それよりなにより愚かだ。それでも私は 「好きだよ、モモ」 「おう」 「本当だから、これだけは本当だから」 「知ってるっつーの」 「モモ、モモ、好きなの愛してるの」 黙ってしまったモモ。その目の前でうずくまる私。夜中のデンライナーに私の泣き声だけが醜く浅ましく響いた。 誰か教えてくれないだろうか。この最低な性癖をどうにかする方法を。だって、こんなにも私を想ってくれてるっていうのに私はまだモモに触れて抱きしめて慰めることもできない……! |