ゼロライナーから一歩外に出たとたん襲ってくる冷気にぶるりと体が震えた。春になったとはいえ夜はまだまだ冷える。くそ、デネブに言われたとおりにもうちょっと厚着してくればよかった。でも反対を押し切って出てきた手前取りに行くのは癪だ。ゼロライナーに入ったらすぐデネブが「やっぱり寒かったんだろ?」って私のコートを持ってくる姿がリアルに想像できるあたりデネブのオカンっぷりを正しく理解してると思う。とりあえず手にしていた毛布を羽織って歩き出した。ゼロライナーからおりてしばらくすると見えてくる丘の上にあいつはいた。なんにもないところでひとりで。何をしてるのか知っているから、ため息をついた。

あいつは、侑斗は、毎夜というわけではないけどここに星を見にきている。時間もまちまちですぐに戻ってくるときもあれば何時間も戻ってこないこともあった。後者の場合、毎回毎回、オカンなデネブが心配して自ら迎えに行こうとするところをなんとか止めて、かわりに私が侑斗をむかえにいくパターン。今夜は言わずもがな後者でどちらかというと薄着な侑斗のために寒空の中毛布と温かいカフェオレをもってやってきてあげた。(どうせ言ってもすぐには帰らないことはこれまでの経験でわかってるからデネブが持たせてくれた)侑斗は気づいていないのか10Mの位置に来ても私のほうを見向きもしない。だから私は気付くまでここでじっと待つのだ。私はこの時間がとても好き。月や星の光に照らされる侑斗の横顔、特に瞳はとても綺麗でいつまでも見ていたいとおもう。普段侑斗の顔をじっと見ようものなら文句の言葉と共に容赦なく頭をはたかれるだろうから、この時間は貴重だ。眺め放題。文句も痛みもなし。幸せだ。

「おい、いるんだろ」

どれぐらいたったのか、正直わかんないけどいつもよりはやいタイミングで視線は星のまま侑斗が言った。嘘をつく必要もないから侑斗に近づき隣に座った。地面は空気と同じように冷たい。

「今日はいつもより早かったね。やっぱ寒いんでしょ?ていうか地面つめたっ」
「……わかってるならそれよこせ」
「嫌」
「はぁ?」
「だって寒いんだもん。渡しちゃったら私が寒いじゃない」
「一枚しかねーのか」
「うん」
「……おい、持ってきた目的は」
「忘れた!」

あははって笑うと呆れたように(実際呆れて)ため息をついて問答無用で毛布を剥ぎ取られた。あまりの温度差に悲鳴を上げると五月蝿いって怒られて、すこし引っ張られて毛布が私を包んだ。今度は、侑斗も一緒に。

「え、ちょ、なにこの急接近。どきどきしてもいいですか!?」
「んなこと俺に聞くな!」
「だって、だって、侑斗が積極的に!?」
「仕方ねぇだろ一枚しかねぇんだから!」
「ぎゃっ、軽くプロレス技!?ギブギブギブギブ!距離近すぎて心臓持たない!」
「アホかお前!」

互いに顔真っ赤ででも何とか落ち着くと取り合えずカフェオレを飲むことにした。真っ白の湯気がゆらゆらと立ち上るカフェオレはまだまだ温かくって体の中から温かくなる。いつの間にかふたりで星を見るのが当たりまえになっていた。最初はあれがなんとかって名前でとかあの星座はどうたらこうたらでって侑斗が教えてくれてたけど話を聞いてる途中で寝ちゃって起きたらゼロライナーでしたってことが何回かあったら話をしてくれなくなった。それからはふたり無言で星を見てる。うん。どちらかといえばこっちのほうが居心地がいいから良かった。でも星のことを話してる侑斗は本当に楽しそうでその顔を見れるもレアだったから惜しいことをしたかもしれないけど。それにしても、今日の侑斗はへんだ。ふだんだったら自分からスキンシップしないし、自尊心ありありで恥ずかしがりやだから意地でもこんな事しないのに。……そこまで寒かったのか。いや、侑斗の自尊心を捻じ曲げるぐらいの寒さならデネブがずぇえええったいに上着を着せてるはずだ。意地でも。憑依してでも。うん。じゃあ、なんで?

「……なんだよ」
「んー、なんかほんとに今日の侑斗積極的だなと思って。いつもは私がしつこくってしぶしぶって感じなのに。なんかあったの?」
「……」

侑斗の沈黙は肯定だ。経験から間違いない。しかもこの感じなんかおっきなことでもあったのかもしれない。なんだろう。侑斗は何かがあっても中々話してくれない。それはきっと私に話しても仕方ないからとかそういうんじゃなくって、巻き込みたくないからなんだと思う。私が侑斗とデネブがやってることに関して知ってる情報は少ない。侑斗もデネブも教えてくれないし、私もそこまで追求しようとしないから。変身してゼロノスっていうのになってイマジンと戦って時の運行を守ること。それしか知らない。時の運行とか難しいことはわからない。けど大切な物を守ってくれてるってことはわかる。守るために大切な何かを犠牲にしていることも。教えないことで私を守ってくれてるのもわかる。だから、言いたくないならそれでいいかと思ってる。聞きたくないわけじゃないんだけど。きっと今日のも時の運行を守るって言う使命?のなかであったのかもしれない。なら、話してくれないかな。

「……
「なあに?」
「おまえ、俺とあったときのこと覚えてるか?」
「何言ってるの、忘れるわけないじゃない」

はっきりと脳裏に浮かぶ。何にもない不思議な空だけが永遠と続く砂漠で一人きりで空を見ていた私を見つけてくれた。とうに忘れていた自分以外の鼓動を思い出させてくれた。恩人であり家族であり恋人。侑斗は忘れるって言う言葉に敏感だ。それはもしかしたら時の運行を守るときに犠牲になるものが記憶なのだからかもしれないなんて思ってる。確証のない予想だけれど。

「ねぇ、侑斗」
「なんだ」
「何があってもなんていえないけどさ、忘れないよ」
「……何を」
「いろいろ。忘れても思い出すよ。何度だって。忘れる度に思い出すよ」

侑斗がいてデネブがいて私がいた時間。何物にも変えがたい大切な記憶。愛しい愛しいぬくもりも感触も鼓動も忘れても思い出すよ。だからずっとこうして傍にいることを望むんだ。それから私たちは星が見守る空の下少しだけ泣いてカフェオレが冷めた頃にゼロライナーにのったデネブがやってきて心配そうに怒りながらきたのを抱きしめて訳がわからないって感じのデネブが抱き返してくれてまたすこし泣いたんだ。







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