源田と佐久間が帰ってきたということは、クラスメイトどころか学校全体から伝わるざわめきですぐに耳に入ってきた。サッカー部の奴らからメールが来ていたような気がするけど、すでに電源を落としてあるそれはただの金属の塊でしかないから意味がない。 私はサッカー部とかかわりを持つことを徹底的に拒否していた。居場所と称したくせに怖くなったのだ。皆に囲まれることが。皆の視線が、考えが。 だから、拒否した。私が佐久間の手を拒否した、あの日から。 「どうして一度も病院に来なかった」 これがデコだったら私は存在を無視していただろう。もしここが教室だったら、寝たふりを貫き通していたかもしれない。けれど生憎とここは風通しと日差しが良い感じの屋上で、目の前にいるのは(勉強的な意味で)大変お世話になってる源田で、きわめつけに唯一の逃走経路である出入り口は源田の背後、つまり私・源田・出入り口の順番に一列に並んでいるわけで、どう考えても逃走不可能な状況だった。そして私は反射神経やかけっこで源田に勝てる気もしない。ついでに負ける勝負は、しない主義でもある。 ちらりと視線を向けると珍しく源田は無表情でそれが余計に怖い。逃がさない、無回答も許さない、そう言外に伝えてる視線が怖い。たとえ私がだんまりを続けてお昼休みが終ったとしても、源田は5限をサボるに違いない。そして私は答えるまで拘束されるに違いないのだ。正直それは勘弁して欲しかった。この空気にたえられないだけで、別に5限に出たいわけじゃないけど。 「女の子怖いし」 「いまさらだろ」 「私がつけられて病室押しかけられたら困るのはそっちでしょ?」 「面会にはパスが必要でそれは家族とレギュラーと鬼道、それからお前しか持っていない。たとえつけられていたとしても、彼女たちは病室には入れない」 ぎゅ、とポケットの中のパスケースを握る。そう、源田の言うとおり。あの忌まわしい試合のあと源田と佐久間の病院がきまったらすぐに雷門に行った鬼道有人から送られてきたのだ。ていうか私の家いつのまに調べたんだあの人。 「・・・質問をかえるか。何故佐久間のそばにいてやらなかった」 きた 「源田こそなんでそんなこと私に聞くの?聞いたんでしょ?私が佐久間を拒否したって。私が佐久間に嫌いって言ったって。それが理由じゃダメなわけ?」 「」 「それともなに?私がそんなに薄情な女だったと思わなかったとでも言いたいわけ?残念ながらこの程度の女だけど?」 「おい、」 「っていうか幼馴染ってだけで女の子たちからの視線やら噂話やら痛いぐらいなのにこれで病院知ってるってばれたら、いやばれなくても疑われたら確証なくても女の子たちが血眼になって私に詰め掛けるに決まってんじゃん!」 恋のためなら遠慮をしらない彼女たちは邪魔者には何時だって集団でかかってくる。自分たちこそが正義だと信じ込んで悪を倒しに来るんだ。自分たちが鬼の形相をしてるとも知らないで。・・・・・・想像しただけで恐ろしい。 「・・・それで佐久間といるのが嫌になったのか」 「だったらなんなの」 「俺が佐久間に二度と会うなと伝える」 一瞬、時が止まった気がした。 「それがお前の本心なら会わないほうがいい。だからのことは諦めろと俺が佐久間に伝える」 邪魔したな。そう言ってあっさり源田は私に背を向けた。源田はやると言ったらやる男なんだと思う。すくなくともさっきの顔は本気だった。それにどこか呆れたような目を、していた。 私は、呆れられたんだろうか。 例えば、あの場に呼ばれたのが私じゃなかったら。佐久間の手を握っていたんだろうか。それとも頬を張り倒して、馬鹿なことをするなと叱ったんだろうか。それで佐久間はあれ以上の怪我をすること無く、あれ以上心を痛める事なく、源田と共に病院に戻って看護婦さんと部員と鬼道くんに怒られておかえりと言われて、嬉しそうに微笑むんだろうか。 そんなウ゛ィジョンは浮かぶのにどうしてだか肝心の私以外に呼ばれた人だけはぽっかりとあいたままなのだ。だれもいない。真っ白い不特定の影が泣いて笑って叱ってる。結局のところ私は私以外に置き換えられない訳で、私以外がいることが許せない訳で、なんて自分勝手なんだと呆れる以外の事が出来なかった。 「・・・なんで、泣くんだ」 ぼろぼろとおちた涙がアスファルトにしみこんで、そこだけ色が濃くなった。 きっと源田は呆れてる。自分勝手なことを言って自分勝手に泣いてる浅ましい私に呆れてる。だって私自身が呆れてるのに、どうして呆れないでいられるのだろう。 ちがう、 そう伝えたかったのに嗚咽をこらえるのに精一杯で声にはならなかった。 ちがう、わたしがこわかったのは、いやだったのは 怖かったのは女の子たちの”正義”じゃない。私が何よりも怖かったのは、皆に、源田に、佐久間に、呆れられることなのだ。やっぱり私もそこらへんにいる女とおなじだったのかと呆れられるのがとてつもなく怖かったのだ。嫌だったのだ。 こんな浅ましい思い、はなはだしい勘違い 「だって、私・・・佐久間の彼女じゃ、ないのに・・・・・・っ」 がしゃん、となにやら間抜けな音がしたのを私は知らない。 |