は、自慢の友達だ。 年中外を駆け回ってるあたしは綱海ほどじゃないけど日焼けしてて、雪みたいに真っ白いの肌がうらやましい。さらっさらの髪は痛んでるところはもちろん、寝癖がついてるところなんて見たことがない。テストの順位は基本一桁だし、走るのだってあたしには負けるけど女の子の中じゃ速くって、家庭科の実習では料理上手なところも発揮してた。美人でなんでも器用にこなし機転もきく。自信家な所もあるけど、むしろその自信にあふれた笑顔が同じ女のあたしだってドキってしちゃうぐらいに魅力的で、を輝かせる要素の一つになっていた。 なのに、それなのに、不思議なことにには彼氏がいない。 練習が終わり暗くなった校舎内を歩いている途中、一人の男子がすごい勢いで教室から飛び出して、私の横を走り去っていった。ばびゅん!っていう効果音が似合う見事な走りっぷりを見たのはこれが初めてじゃなくって、飛び出した教室が何組のものか確認(するまでもないけど一応)してため息をつく。そしてあたしは迷いなく扉を開けた。 「……また?」 「だって顔も見たことない人だったのよ?名前だって聞いたことない。そういう男はね、顔だけに惚れたか、美人をはべらせたいだけに決まってるの」 オレンジの夕焼けの光で照らされた教室で鬱陶しそうに長い黒髪を払いながらは言った。予想通りの答えにため息が漏れる。 「そんなのわかんないじゃんか」 「わかるわよ。一目ぼれしました!って台詞、これで何回目だと思ってるの?」 「覚えてんの?」 「まさか!」 告白なんてされたことがないあたしにとって嫌味ともとれる台詞だけれど、それこそ の言うように何回目だかわからないし、そう言えるほどがもてることはわかりきっていたから気にもならない。むしろこんな時間まで残ることになっちゃってお疲れ様って感じ。合掌。 今はまだそんなでもないけれど、これが夏休み前とか、文化祭近くとか、卒業式目前とか、行事ごとがからんでくるとすごいことになる。まさに告白ラッシュでの機嫌はまっさかさま。その機嫌を取るのは毎度毎度あたしの役目になるから、地味に大変だったりもする。それを迷惑と思ったことはないけど。去年を思い出してしみじみと思う。あれは、大変だった。嫉妬とかで女子からはぶられてもおかしくないのにあまりにもが不機嫌だから共々逆に労われた程度には大変だった。不機嫌さを知っているのに告白してくる男子はただの猛者かドMに違いない。 「なぁ、恋人できれば告白もなくなるんじゃ」 「むりむり」 「好きな人いない?」 「いるけど」 「いるのか!?」 それは初耳だ!ぎょっとしてを見ても本人は何をそんなに驚いているんだと言わんばかりのきょとん顔。だって、そんな、このクラスどころか学校内での一番の友達はあたしであると自覚していたのにそのあたしがの想い人を知らないなんて。なんかショックだ。なんでかショックだ。ぎょっとしたまま口を開閉することしかできなあたしにはぷっと吹き出し小さく笑う。 「やあねぇ、塔子ったら誰にも言ったことないんだから知らなくって当然でしょ」 「そ、そうなの、か…?」 苦笑しながらひらひら手を振るにほっとする。ほっとしたはずなのに、胸の真ん中あたりが痛い。ショックの余韻かと思ったけど、ちくちくちくちく痛むのは初めての感じじゃなくって、でもどこで味わったものなのかわからない。違和感に首をかしげるあたしをじぃっとが見ていることに、その視線がどこか憂いを帯びたものだということに、思考に沈んだあたしは気付かなかった。 「……ねぇ、塔子は?」 「へ?」 「円堂くん、だったっけ?」 「え?え!?」 懐かしい名前に顔を上げると、あまりにも近くにある美貌にどきっとした。身長差があるからあたしが顔をあげてが軽くうつむくとちょうど視線が合って、まるでこのままキスしそうな体勢になる。艶めかしくグロスで濡れた唇が動く様まで視界に入って、かぁあと熱が集中するのが分かった。きっと耳まで赤くなってる。恥ずかしいのに視線をそらせない。そらすことを許してくれない。 「中学の時のチームメイトで、確か宇宙人とサッカーで戦ったっていう」 「そ、そう。雷門イレブンのキャプテンだったんだ。今でもサッカーやってると思う。スポ薦だって言ってたし。あの、でも、円堂とはやっぱいい友達だったっていうか、チームメイトだったっていうか、高校違うしやっぱ距離遠いし」 「ふぅん」 から聞いてきたのに無関心っぽい返事に戸惑う。が考えていることは時々わからない。なにか気に障る事でも言った?でも質問に答えただけなのに!ぐるぐると回る思考にますます混乱しているあたしをよそに、たっぷりの沈黙のあとさっきまでのやり取りなんてなーんにもなかったみたいな顔では微笑んだ。 「ね、塔子。帰りにクレープ食べていかない?おごるから」 「……え?いや、でもこの前もパフェおごってもらったのに」 「あれは違うわよ。私が食べきれないのわかってるから、塔子と二人で食べてたんでしょ?」 「えぇ?でも、」 「はい、決定!駅前に新しくできたところ知らない?一回行ってみたかったのよ」 当たり前のようにぎゅっと手を握られて教室を出た。未だ混乱している頭でもその駅前にできたっていうクレープ屋さんはおいしいって評判の女子にすごく人気のお店のことだとわかる。帰りに近くを通った時、食べてみたいと思ってたお店だから。も同じだったのかとちょっと嬉しくなって、いつもと変わらない笑顔にさっきのは特に意味がなかったんだと結論付けた。燻っている胸の痛みにも無意識のうちに蓋をして、あたしの思考はクレープに移る。とろけるクリームみずみずしいフルーツ、はしがぱりっと焼けてふんわり漂うあまいかおり。想像するだけでおいしそう! きっとクレープのことを考えているに違いない塔子を見て、複雑な心がばれないようにため息をついた。つなぎっぱなしの手にもなんの違和感も感じていない、鈍い子。そこもかわいいから憎めない子。 塔子は知らないだろうけど、私は甘いものがそんなに得意じゃない。けど、 「塔子が食べたいって言ってたものね」 「なんか言ったか?」 「なぁんにも!」 あなたへ浮かべる微笑みはいつだって最高のものをあげる。だけど、私がどんなにきれいになっても、髪形に気を使っても、好きなものをおぼえていても、私がほしい感情はむけられないことはとっくにわかっていた。だって私は女だから。胸の痛みも叫びたい衝動も醜い嫉妬も一人相撲。かみしめた唇の味をしっているのは、この先ずっと私だけ。握った手を拒否されるぐらいなら笑顔を向けられないぐらいなら、それでも良かった。それでも私は、きれいになろうと思ったの。大好きなあなたのために。 好きな人一人振り向かせられないんだもの! |