俺には姉ちゃんがいる。俺より3つ上で、弟の俺からみてもきれいで(つっても俺も姉ちゃんも母さん似で、しかも「双子?」とか「うわ女版佐久間」とか言われるぐらい似ているもんだからこの形容詞を使うのはためらいもあるけれど事実だから仕方がない。ちなみに女版俺とかぬかしたのは辺見だ。どてっぱらにジャッジスルーかましといた)、やたら笑顔が似合う人だ。

「青春しておきなさいよ」

そんな姉ちゃんが事あるごとにいうのがこの台詞だった。
一番初めに言われた時にはもうサッカーをしていたから青春ならしていると言い返したけれど、姉ちゃんはそうじゃないと言った。だから姉ちゃんがさす青春が何なのか最初はわからなかった。姉ちゃんも何も言わずに笑うだけだからなおさら。
でも、ある時はっと答えを見つけた。姉ちゃんがこの台詞をいうときは決まって、恋愛ドラマを見終わった後だったり、手にしている閉じられた本が恋愛ものだった。つまり姉ちゃんは俺に恋をしろと言っていたんだ。
それに気がついてまず俺が言ったことは


「余計なお世話だ!」


だった。
姉ちゃんはにやりと笑っただけだった。


俺は姉ちゃんの背を越えた。そっくりだと言われた俺たち姉弟は確かににているけれど、俺は男で姉ちゃんは女だ。手首を握ったとき、倒れこんできた体を支えたとき、ふっと愛用している香水が香ったとき、ぞわりとするぐらい女であると感じた。 そう、姉ちゃんは女だった。


姉ちゃんはよく笑い、よく泣く。自分の感情に素直な人だ。
つまんないことで大喧嘩したとき、全米が泣いたとかいう話題の映画を見たとき、迷子になって警察に保護されて母さんがむかえに来てくれたとき。姉ちゃんは泣いた。わぁわぁ声をあげて、ぐすぐす鼻をならして、感情むき出しで全身で泣いた。
だから俺はそれが姉ちゃんの泣きかたなんだと思ってた。
今の今までそう疑わなかった。
俺たちは姉弟で、生まれてから今まで一緒に過ごしてきたから。


ところがどうだろう。
薄暗い部屋で姉ちゃんは泣いていた。声もあげず、鼻もならさず、どっかのドラマのヒロインたちみたいに涙だけをボロボロと流していた。
姉ちゃんが涙を流しつづける目で見つめるのは一枚の写真。俺が差し出した手紙(姉ちゃんの親友の結婚式を知らせるもので中には手紙と参加の返答用葉書、そして幸せそうに寄り添う姉ちゃんの親友とその夫の写真が同封されていた)のなかに入っていたものだ。
それを見て姉ちゃんは泣いたのだ。

親友には見覚えがあった。常に身なりに気をつかう姉ちゃんがより気合いを入れて出掛けるとき、決まってあっているのはその人だったからだ。
なんで知ってるのかっていうと、姉ちゃんが出掛けたときは毎回撮ることに決めてるらしいプリクラを見せてくるから。
「BEST FRIEND」の文字とともに可愛く飾られた写真のなかで姉はいつも輝いていた。プリクラの補正がなくても一番輝いていたんじゃないかと思う。

親友が結婚する。
それは喜ばしい事であって、けして悲しむ事じゃないはずだ。
ところがこうして目の前で姉ちゃんは泣いている。

ふと俺は思い出していた。
にやりと笑う姉とその口癖。
何度も何度も事あるごとに言われてきた台詞。

「青春しておきなよ」

俺が認め自慢に思うほど美人な姉ちゃんだ。目をつけないやつがいないはずがない。けれど、不思議なぐらい男っ気がない姉ちゃんに、そういう姉ちゃんはどうなんだと何度か言い返したことがあった。
……姉ちゃんはにやりと笑うだけだった。

ああ、そうか。姉ちゃんは俺に言われるまでもなくずっと青春していたのだ。道端でひっそりと花をつける、そんな秘められた青春をずっと、ずっと。



俺はずいぶんと成長して、背も伸びたし筋肉もついた。源田とかに比べたら悔しいが細身だと思うけれど、それでも立派に男だ。
姉ちゃんのように華奢な手首じゃない。抱き締めたら折れそうな体もしていない。甘く香るわけじゃない。ぞわりとふるえるようなあの感覚は姉ちゃんが女だからだ。
似ている、けれど似ていない。俺たちは決定的に違うものを持っている。けれど俺たちは決定的に似た者同士だった。
憎たらしいぐらい似た者同士だった。









咲いた花



誰にも見られず誰にも触れられず枯れてしまう花