気が付いたら目で追うようになっていた。七海さんの周りにはいつだって誰かしら人がいる。七海さん自身がすごく人気というわけではなくて(でも彼女の作る曲に魅了されている人もいっぱいいることは事実だ)、どちらかと言うと人気なのは七海さんの周りにいる人たちだ。
全員顔面偏差値がバカ高いアイドルコースの中でも、屈指の才能あふれるイケメンたち。そんな彼らが七海さんを大好きなおかげで七海さんは酷く危うい位置にいる。それを本人たちもわかっているみたいで、七海さんの周りには彼らと七海さんと同室の渋谷さんの内の誰かが必ずいて、七海さんが一人になることはめったにない。
そんな彼らを遠巻きに見ていた女の子の一人がこう言った。
「お姫様気取り」
吐き捨てられた言葉は淀んだ悪意でコーティングされていたけれど、すとんと僕の中に落っこちてきた。お姫さま。彼女自身にそんなつもりは毛頭ないだろうけれど、確かに彼女は騎士や王子に囲まれたお姫様だ。
僕は彼女の騎士にも王子にもなれないんだろう。
誰もがうらやむ容姿や才能を持っているわけじゃない。所属でいえばSクラスだけど、Sクラス内で見ればぱっとしない。平々凡々で素人に毛が生えた程度な僕では、女子たちの嫉妬から七海さんを守ることはできない。歯がゆいと思ったのは一度や二度じゃなかった。
彼らが近くで七海さんを守るのは確実だけど逆効果だ。もちろん悪いのは勝手に嫉妬の炎を燃やしてる彼女たちなんだけれど、現状そうなってしまっているのだから仕方がない。
もしも、誰も七海さんを守る事が出来なかったら、僕はありったけの勇気を振り絞ってでも七海さんを守るために動いただろう。けれど、七海さんの周りにいるのは彼らだ。僕なんかが出る必要はないし、出たところでできることなんてない。
そうわかっていても僕は七海さんから視線を外せなかった。守りたいと思ってしまった。
(ばれたら退学なのかな…)

そんなことをぼんやり考えながら廊下を歩いていると、後頭部にこつんと何かが当たった。なんだろうと振り返ると、出席簿を持った日向先生が呆れた顔で立っていた。どうやら当たったというより当てられたらしい。
「おい、 、考え事しながら歩くなっつっただろ」
「日向先生、ごめんなさい」
「気をつけろよ。で、お前次の課題どうするんだ」
「あ」
すっかり忘れていたのを見抜いたのか日向先生の顔が険しくなる。
先生が心配しているのが曲のことではないことはわかっていたし、現に提出用の曲はできている。だけれど、困ったことに今現在僕にはパートナーがいない。元パートナーはどこにいるのか知らなかった。パートナー解消宣言をされて、日向先生にも伝えておくからと言われてそれっきり。思い出したように連絡を取ろうとしたけれど電話もメールも通じなくなっていた。後から日向先生経由で彼女が学園をやめたと聞いたときはやっぱりと思っただけだった。余ったもの同士だったから特に未練もなく、まぁどうにかなるだろうと気軽に構えていたのだけれど、すぐに課題提出という問題が浮上した。
基本的にこの学園においてアイドルコースと作曲家コースは二人ひと組で数えられる。課題もそうだ。歌ってもらうための曲を書いているのに、歌ってもらえなくちゃ意味がない。
すでに顔もおぼろげなパートナーがいなくなってから、なんだか疲れてしまってろくにパートナー探しもせず、曲ばかり書いていた。そうしたら課題提出が迫っていた。しかもパートナーがいなければいけない課題が。だから日向先生が顔を合わせるたびにこうしてせっついてくれるのだが、いかんせん気が乗らない。大体僕はコミュニケーション力が不足しているのだ。
「……日向先生がいい…です」
「だめだ。生徒の中から探せ。お前以外にもパートナーがいなくなったやつはたくさんいる。というかアイドルコース方が作曲家コースより多いんだ。お前の曲は人気あるし、見つけようと思えばすぐに見つかるだろう」
「…そうですかね……」
日向先生の言葉はなんだか異星人の言葉のように思えた。特に最後の方。もしも本当に僕の曲に人気があって歌い手を選べたとしたらこんなぼっち乙みたいなことにはなっていないはずだ。先生は現実が見えていないんだろうか。
「ちょっと耳にはさんだんだが、お前何人か声かけてきたやつ蹴ってるんだって?この切羽詰まった状況でそうしてるってことは、パートナーになってほしい奴がいるんじゃないのか?言うだけ言ってみろ。確約はできないが、できるだけ手を貸してやるから」
さぁ、と言わんばかりにじっと見られてしまっては逃げられるはずもなかった。でも言ってしまってもいいものか迷う。視線を右に左に揺らしながらちらりちらりと日向先生を盗み見ると、どうにもこうにも話すまで待つ体勢に入ってしまっている。ただでさえ忙しい先生を僕なんかのために拘束したくなくて、でも言いたくなくて、視線と同じようにぐらぐらしていた感情の天秤は、結局日向先生への申し訳なさに傾いた。
「……七海春歌さん」
「そりゃお前……論外だろうが」
「でーすよねー」
ようやっと口を開いた僕になのか、それともその内容になのか(多分どっちにもだ)なんとも言えない顔で日向先生が言うことはごもっともだ。だって彼女は、七海さんは僕と同じ作曲家コースなのだから。
へらりと笑った僕に日向先生はため息をついた。申し訳なさが刺さる。でも、そう思ってしまったんだから仕方がない。
時間が無いんだ、ちゃんと考えろよ。
そう言って日向先生は去って行った。そんなことはわかってる。わかってるのに焦っていない自分がいる。僕にとって作曲家への道はその程度のことだったんだろうか。そんなことはないと思っても、やっぱり焦る気持ちはわいてこなかった。
面倒を見てくれていた日向先生には申し訳ないのだけれど、僕がこの学園を去るのもそう遠くない話なのかもしれない。
持っていた楽譜を見る。今回の課題のために書いた曲。日本に数多溢れると言われているラブソング。自分でも結構よくできていると思ったのだけれど、よくよく見ているとやっぱり良くわからなくなってしまった。
どうせ去る事になるなら、もうこれもいらないのかもしれない。年齢的にはまだ高校生なのだからこれからいくらでも別の道は歩ける。未練がないと言ったらウソになるけれど。
それもいいかもしれない。
そう思った僕の心を読んだのか(そんなわけはないだろうけれど)、いきなり風が吹いてきて、漫画か、とつっこみたくなるぐらいに見事に一枚も残らず、楽譜があっという間に窓の外へ飛んで行ってしまった。
途方にくれたのは一瞬。ぽい捨て扱いになるのかなと思ったのも一瞬。でもすぐにまぁいいかと追いかけるのはやめて、他の被害者が出ないように窓を閉めた。音は全部頭の中に残ってる。ただ紙という媒体がなくなっていしまっただけだ。だから何の問題もなかった。
無かったのだけれど、なんだか風に作曲家になる事をあきらめろと言われたようで、いらっとする。
自分で思うのはいいけど、他から言われたらムカつくっていうのはこういうことなんだな。
日向先生も言っていたけれど、本当に時間がない。あまのじゃく精神で申し訳ない気もしたけれど、ひとまずパートナー募集の掲示を見るために歩きだした。
3歩歩いたら風に飛ばされた楽譜のことは忘れてしまった。






Naughty wind