「恋愛禁止とかさ、逆効果じゃない?」 シャイニングに頼まれ何に使うのかわからないパネルを作りながら、ぼそりと呟いたの一言に、一瞬林檎は作業の手を止めて、ため息をついた。 「、わかってるでしょ」 「いや、そうなんだけどさ、林檎ちゃんや。考えてみ?多感な時期にそんなこと言われたら燃え上がるのがお年頃ってやつだって」 それは、林檎も重々承知している。学園を去る教え子たちの大半は才能がないと夢を諦める子達だったけれど、恋愛絡みの教え子も少なくないのが現状だ。 アイドルを排出するという特殊な専門学校である早乙女学園は生徒数こそ少なくはないが、アイドルになれる生徒はほんの一握り。そうそうに諦めてあえて恋愛禁止に挑む生徒もいる。 「それをふまえてなんだけどさ」 「なによ」 いまのが前置きだとすると、嫌な予感しかしない 「ST☆RISHと愛島さ…釘刺しといた方がよくない?」 そこか。煽った自覚がある林檎は頭を抱えた。 破竹の勢いで人気を伸ばしているST☆RISH。6人全員が専属作曲家である七海春歌に恋をしているのは、長年の経験や勘が無くてもわかるほどにあからさまだった。そして愛島セシルもまたそうだ。春歌を愛してやまないが気付いていないはずもないだろう。 「そうねぇ…っていうか、ちゃん意外と冷静ね」 「何が?」 「てっきり俺の春歌をあいつらにはやらん!おこ!とか言うのかと思ったわ」 「いやー俺は春歌が選んだ相手なら信頼するよ?多分」 多分の重みが強すぎる。普段から春歌のことを語るときや春歌に対面している時以外はひょうひょうとしている彼だが、この反応が意外なのか通常なのかわからない。読めない男だ。 「……シャイニーが何も言う気が無いみたいだから、あたしとしては黙認したいところなんだけど」 「いやー俺は春歌のために釘さしといたほうがいいと思うね。一応シャイニーに許可とっといた方がいいかな?」 「その方がいいと思うわよ」 「おっけー!じゃ、さくっといってくるわ」 「え?行くって今から?えっちょっと!このパネルどうすんのよ!」 「それもともと林檎ちゃんが頼まれたやつじゃーん、ガンバー」 ひらり、と手を振ってあっさりとさくは早乙女を探しに行ってしまった。残された大量のパネルと今後の展開を考えて、林檎はさらに頭を抱えたのだった。 結論から言うと、即オッケーだった。自作シャイニングを呼ぶ歌を歌いながら廊下を歩いていたところ、あっさりと早乙女を発見し、さくっと要件を話した。すると早乙女は「あなたにまかせマース!」とだけ残し高笑いで去って行ったのだ。騒がしい人だと思いながら、早乙女の意図を探る。 もし、早乙女が現状を見守るつもりなのだったら、もう少し悩むか止めるだろう。彼らにとって恋愛という共通項がチームのつながりになっているのだとしたら、壊すのはまずいのかもしれない。しかし、学生時代の彼らなら春歌という要素を抜いたらまとまらなかったのかもしれないが、今なら春歌に対する恋愛思考を断ち切ってもまとまりは残ると判断したのだろうか。 「……やーめよっと。あの人の考えてることなんてわかろうとすることが無駄だな」 あっさりと結論付け、さていつ切り出そうかと頭の中のスケジュール帳を開くのだった。 意外と、その機会は早く訪れた。 ST☆RISH全員と愛島にボイスレッスンをしていて、春歌以外の面々が揃っていたとき、はいったんレッスンを止め、改めて恋愛禁止について説いた。だんだんと全員の顔色が芳しくなくなっていく。それを面白いと思いながら論積みをしていくを遮ったのは、音也だった。 「でも、そういうさんだって七海のこと大好きじゃんさんこと、恋愛禁止に引っ掛かるんじゃないの!?」 「音也!」 「だってトキヤ!」 とめるトキヤに不満げな表情を見せる音也だが、自爆していることには気付いていないようだった。他のメンバーも音也が自爆したことに気が付いたのか何とも言えない表情をしている。気付いていないのは音也のみだ。 「俺は別に春歌のことを言っていたわけじゃないんだけどな」 「へっ!?え、あ、じゃあ俺」 「音也自爆〜〜〜〜」 かぁっと顔を赤くしてうつむく音也。けらけらとは笑う。怨みがましい視線を向けられるが、別にははめたかったわけでも馬鹿にしているわけでもなかった。純粋に、なんて純情なんだろうと関心していたのだ。 仕切り直し、と言わんばかりに「さて」とが呟く。 「お前たち、どこの宗派だっけ?」 以外の心は一つになった。つまり、「こいつ何言ってんだ」と。 そんな空気に気付かないのかあえて無視しているのか、台本でも読み上げるかのように朗々と、は話す。 「お前たち信仰してる?あ、無宗教?まぁ、それでもいいんだけどさ。キリスト教は知ってるだろうからそれでいいや。 あのさ、神を愛する気持ちって恋愛だと思う?違うよな。崇拝だから。俺の春歌へむける愛は信仰だよ。俺は春歌を愛してる。間違いなく。誠実に。それは恋愛なんて汚い欲をむける感情なんかじゃない。愛島はわかるかと思ったんだけど、今のお前は無理だよなぁ、恋してるって顔してるもんなー。 隠さない、隠さない!隠しても無駄だよお前たち。ってかむしろ隠す気あるのかお前ら?いや、俺は理解者を欲しているわけではないから、愛島はそれでいいんだ。お前らも、それでいい。それでいいんだよ、若人たち。ぶっちゃければお前らの誰かが春歌をおとしてものにしても、俺は怒らないよ?春歌が選んだ人なら、それだけ信頼する価値があるってことだし、その程度のことで俺の信仰はぶれない。 ただ、お前たちが今後春歌を守りたいなら、その恋愛はもっと上手に隠すべきだ。じゃないと、どうなるか。バカじゃないお前らならわかるだろ?恋愛はいつだってドロッドロに汚れてるんだ。そんな泥沼にお前たちは春歌を放りこみたいのか?違うだろ? 木を隠すなら森のなか、人を隠すなら人のなか、感情を隠すなら感情のなかだ。お前たちの欲はなぁ明け透けなんだよ。分かりやすすぎる。お前たちは知ってるはずだろ?欲の連鎖の醜さを。根本からたたなけりゃなぁ、すーぐばれちまうんだこんなもんは。特に恋する奴はな、ちょっと引っ掛かるとすぐに気がつく。例えそれが間違いでも、それこそが正しいって思い込んで正当化して、まぁ実に厄介ってことだな。特に女子はなぁ、怖いぞぉあのバトル。ヤバい。あれはヤバい。まじで女性恐怖症に陥るレベルだから。 お前たちが春歌にむける感情は、愛でいい。愛でいいが、親愛であるべきだ。見かけだけでもそうするべきだ。愛を隠すなら愛に紛れ込ませてみろよ。愛で春歌を守って、愛で春歌をおとして見せろ。 さっき俺は神への愛で説明したけど、春歌は神じゃない。神が完璧な存在であると定義するなら、間違いなく神じゃないな。生まれたてだ。これからきっと神になる。素晴らしい音楽の女神にあの子はなるね。俺はね、諸君。俺は春歌のマリアになりたいんだ。母親じゃない。父親でもない。聖母マリアに、俺はなりたいんだよ。」 唖然として話を聞いていた面々の中で、誰よりも早く再起動したのは年長者であるレンだった。いつもの余裕の微笑みを浮かべる余裕はないのか、苦々しいものを噛んでいるような顔で言う。 「……まぁ、聖母マリアうんぬんはおいとくとして、先輩の言いたいことはわかったよ。で、それをオレたちに言ってきたってことの意味も。オレたちならこの重要性が理解できると思ったからこそってことだよね?」 「そうなるな」 「マリアトークは必要だったのかい?」 「俺の春歌への愛を語るいい機会だ」 「つまり私欲ってことね」 レンは疲れを隠しもせずため息をつく。 「しかし……意外でした」 「何が?」 「てっきり、その、先輩も他の先生方と同じようにただ恋愛禁止、とおっしゃるかと」 次に再起動したらしいトキヤが困惑した様子で言う。確かに、は恋愛禁止とは一度も言わなかった。それどころか、恋愛を推奨するようなことも言っていたような気がする。 ああ、そんなことか。とこともなげには疑問に答えた。 「だって、恋愛禁止なんて言ったら、盛り上がるのがお年頃ってやつだろ?」 にんまりと笑う。 なんて人の悪い笑みが似合う人なんだろう、と以外の心は、また1つになった。 |