あまり広いとは言えないアパートの廊下の曲がり角でばったり遭遇して目線があって、嬉しそうにされたらなんかもう駄目だった。ばきり、小気味いいぐらいの音がにぶく響いて、どさりと風介は倒れる。 「っ」 「わり、顔に虫止まってた」 わかりきってる嘘をさらりと言った。意味のない免罪符だ。なんで意味がないかっつーと、じんじんと痛む右手をふって痛みを飛ばしながら視線をやった風介は「そうか」と言ったきり怒らないからだ。他に誰も見ていない。俺は悪いともなんとも思ってない。だから無意味。この免罪符が無意味なことも俺をいらつかせる要因だと、いい加減気づけばいいのに。受身も何もとらず無様に倒れた風介のそばにしゃがみこんで、うっとうしいぐらいボリュームのある前髪を引っつかんで無理やり顔を上げさせた。 痛みにゆがんでいる顔、赤紫に変色した唇の端から若干血がにじんで、その唇が(痛むのかごくごくわずかにだけれども)動きだけで俺を呼んだ。怒りとか恐怖、負の感情は何もない、静かな湖面のような深い海のような何もかもを許しているといわんばかりの目。それがただただイラつく。衝動のままにもう一度殴ってやった。のけぞった風介がそのまま倒れることは許さず、つかんだままの前髪ごと引っ張って上体を起こさせる。 たらり 真っ白で(でも俺のせいで赤かったり青紫だったり変色している)肌を鮮明な赤がたれていく。さっきの一撃で脳も揺さぶられたのか風介の目の焦点はあってない。でも俺を探してる。その証拠に同じ男とは思えないほど細い腕は何かを(間違いなく俺だ)求めて空をさまよっていて、頭痛がした。 その手をつかんでそっと握ってやる。とたんにいまだ焦点があいきってない目を安心したようにほころばせるバカな風介。髪をつかんでいた手を後ろにまわして引き寄せて、噛み付くようにキスをした。何もいわなくてもひらかれた唇、口内を荒らすと濃厚ににおうのと同じ鉄くさい血の味がした。 顔をはなすと飲みきれなかったらしい赤混じりになった唾液がつっと口から漏れてあごまでつたっていく。髪も肌も全体的に色素が薄い風介。そこらの女よりずっと白い肌にあざの赤紫、鮮血の赤、唾液の透明、そのコントラストにぞくりと何かが背中を駆け上がっていくのを感じた。ああ、ほんと 「風介、お前、赤が似合うよ」 皮肉をこめた笑みを向けられた風介はそれはそれはうれしそうに笑って 「(お前の、色だ)」 唇だけでそう言った。 (にやり)(3期終了後、同じアパートのお隣さんになってる妄想) |